陶芸作家・余宮隆さんインタビュー(全3回)
第2回 うつわ作りへのこだわり
陶芸家・余宮隆さんが歩んできた道のりとその器に込めてきた思いを、自身の言葉で紐解いていく全3回のインタビュー。2回目は独立後の歩みとともに、余宮隆さんが大切にしてきたうつわづくりのこだわり、そしてその背景にある思考と感覚を掘り下げていきます。
「見込み」の広さで料理の
見栄えが大きく変わる
地元天草にある工房。独立して23年、ここからたくさんの “うつわ” が生まれた。
ーーー独立したのは30歳? どのような経緯で独り立ちしようとおもったんですか?
以前から「30歳になったら独立しよう」とは思っていました。自分が修行先で習得した「隆太釜」と「丸尾焼」のハイブリットのような作風に仕上げ、陶器市やデパートの催事で売っていたんですが、おかげさまでそれなりに飯が食えるくらいにまでにはなっていました。ところが、ある日師匠(中里隆氏)に挨拶に行ったら「何のために僕のところにいたの!?ウチにいたなら東京で売ったほうがいい!」と言われ、初めて東京での販路を考えるようになりました。
そうは言っても、未だに「どうしたら東京で売れるのか?」は分からないんですよ(笑)ただ、長野の松本市で開かれている「クラフトフェアまつもと」に出展してからぼちぼち取引先が増えていった気がします。
ーーー作品を作るうえで一番こだわっている部分は何でしょうか?
一番に気をつけているのは「見込み」の部分。”うつわ”に料理を置いたとき、どのように料理が落ち着き、サマになるかをいつも気にかけるようにしています。それは「見込みの広さ」であったり、”ろくろ”の伸びでもあると思うんですが、その「見込み」をいつも念頭に置きながら作っています。
(プロフィール)
余宮隆(よみやたかし)1972年生まれ。熊本県天草市出身。唐津の「隆太釜」で中里隆氏に師事。その後、「丸尾焼」で8年の修行を経て独立。2002年には天草本町に「朝虹窯」として工房と窯を築き、現在は天草市内にギャラリーもオープン。
※天草の工房の見学はお断りさせていただいています。